巧妙化する「魚持ち写真」への違和感

2015/12/24
総合 その他
「隠しているその手を見せてみろよ」 THE BLUE HEARTS「青空」より。本当に大きい魚はどう撮っても大きく見えるものだ。

写り込んだ手や指がやたらと大きい

やはり違和感を感じずにいられないのだ。デカい? いや、よく見ると・・・。たまに目にする魚を手にしたプロアングラーの写真についてだ。少しだけ映った手や指がやけにデカい。自分は遠く、魚は極限までカメラに近づける。釣った魚は広角のレンズを使って撮影すれば大きくも見えるし、レンズに向かってグッと前に差し出せば当然大きく見える。この手法は元々釣り雑誌の編集者やカメラマンがアングラーへの要望として行っていたものだが、これがプロアングラーに流れ、一般のアングラーもこれを行うようになった。パッと見たところ70cmくらいありそうなシーバスが、よく見ると写り込んだ指の大きさからして50cmあるかないかということも少なくない。

 

さらに巧妙化する魚持ち写真も。「隠しているその手を見せてみろよ」

ただ、最近はこうした目をさらに掻い潜る猛者もいる。本当の大きさが分からないように(?)巧妙に「指」を隠して写真を撮っている。魚(主にシーバス)の腹の内側を絶妙なバランスで持って、綺麗に手や指を隠している。ただ、これはこれで妙な違和感を感じずにはいられない。魚が宙に浮いているようにも見えるし、手や指が写っていないのが不自然で仕方ない。ただ、この手の小細工も口元のフィッシュグリップやルアーを見れば、大層なサイズに“見せている”ということが分かったりもするのだが・・・。「隠しているその手を見せてみろよ」。THE BLUE HEARTSの名曲「青空」の歌詞が脳裏に浮かぶ。写真には写らない魚の裏側では、そうした必死の努力が行われているのだ。歌詞のその前はこんな感じだ。「誠実さのかけらもなく笑っている奴がいるよ」。

 

村越正海さんは言う。「釣った魚にプライドを持っているのなら」

ルアーフィッシング界のレジェンド・村越正海さんはこの件についてこのようなことを語ってくれた。「僕は釣った魚にプライドを持っているから、魚を前に出したりしないし、もちろん指を隠すなんてことは絶対にしないよ」。カッコイイと思った。これは主義や価値観に関わるもので、何が正しいと言ったり非難したりする意図はないのだが、等身大の魚や等身大のアングラーの姿が見たいのが皆さんの本音ではないだろうか。何かを大きく見せたり誇張したりしようとする人は、せっかくの大きな魚を持っていても穿(うが)った目で見られても仕方ない。THE BLUE HEARTSの歌には「ドブネズミみたいに美しくなりたい。写真には写らない美しさがあるから」という皆さんご存知の歌詞もある。先ほど、村越さんのことをカッコイイと書いた。(村越さんは無論ドブネズミみたいではないが)写真だけでは伝わらない美しさが滲み出ている。

文=F!編集部

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